
イラスト:宮前やすひこ
夏休みの午後、この地区を循環して走るコミュニティ・バス“ポンちゃん”の車内は、お母さんやおばあちゃんと一緒に乗ってくる子どもたちの姿が目立つ。特別どこかへお出かけってわけじゃなくて、ポンちゃんに乗って荒川沿いの景色を見ながら、グルッと一回りして戻ってくる。それが楽しいらしいんだな、子どもたちには。乗車賃は百円均一。クーラーも効いて快適だから、大人もちょっとした旅気分が味わえるってわけだ。
「次は、川の手住宅前です。みなさま、バスが完全に止まりますまで、お席を立たないようにお願い致しまーす」
新人運転士の神田君は“カンちゃん”と呼ばれている。ベテランの“徳さん”こと徳本運転士に比べると、やっぱり車内アナウンスはちょっと堅いけれど、カンちゃんは一生懸命だ。だから、
「なーんだ、面白いおじちゃんの方じゃないのか」
なんて、子どもたちにガッカリされるとかなりヘコむ。温かい目で見てやって欲しい。
「川の手住宅前」はマンション群の近くなので、いちばん乗り降りがあるバス停だ。今日もアキちゃんとそのママが乗り込んできた。 ジンベ って名前のハシブトガラスと友だちのアキちゃんは、ポンちゃんバスが大好きな女の子で、このバスが送迎する幼稚園に入ることに決めていた。
「えっ、じゃあこの車両は、幼稚園の送迎バスだったんですか―」
新人研修のときに神田君は徳さんから、なぜポンちゃんが循環バスになったのかを聞かされた。
「園長先生が病気になって、経営が苦しくなったんだな。その幼稚園は閉園したんだよ。私は廃止になったこの路線バスの運転士だったから、ポンちゃんとは顔なじみさ。よくすれ違ったもんだよ。前から見るとタヌキの顔に似てるだろ。園長先生が特別注文で造らせたバスでね、子どもたちにも大人気だったんだ」
「それでみんな“ポンちゃん”って呼ぶんですね」
「うん。この地区じゃ有名さ。でも、送迎用にしちゃ大きいだろ。維持費がかさむってことで、引き取る幼稚園がなくてね。危なくポンコツにされるところだったんだ。だから“ポンちゃん”さ」
「えっ、本当の名前の由来は、どっちなんですか」
「もちろん子どもたちさ。子どもたちが名付け親なんだよ、ポンちゃんの―」
幼稚園の送迎用としては大きかったけれど、コミュニティ・バスとしてなら、ポンちゃんは申し分なかった。それでも安全基準をクリアするまでに何カ所も手直しがされ、車両検査を済ませて、走行許可が下りるまで数カ月かかった。
「この路線が廃止されたとき、まさかポンちゃんと組んで、またこの地区を走れるなんて考えもしなかったよ。でも、うれしかったねえ―」
「そうだったんですか。ボクも頑張りますから、この地域のこと、いろいろ教えてくださいね」
そう言う神田君へ、この辺りにまつわる物語はいっぱいあるが、毎日運転していれば自然に分かってくるよと、徳さんは意味ありげに笑った。
行きたかった幼稚園が閉園し、すごくしょげていたアキちゃんだったけれど、ポンちゃんが本物のバスになって戻ってきたのを見たとき、夏休みになったら一日に一回、ポンちゃんバスに乗ることに決めたらしい。付き合うママは大変だけれど、でもアキちゃんが初めて自分で決めたことだから、ママは応援するつもりだ。夏休みの間だけね。
「次は、川の手住宅前です。みなさま、バスが完全に止まりますまで、お席を立たないようにお願い致しまーす」
新人運転士の神田君は“カンちゃん”と呼ばれている。ベテランの“徳さん”こと徳本運転士に比べると、やっぱり車内アナウンスはちょっと堅いけれど、カンちゃんは一生懸命だ。だから、
「なーんだ、面白いおじちゃんの方じゃないのか」
なんて、子どもたちにガッカリされるとかなりヘコむ。温かい目で見てやって欲しい。
「川の手住宅前」はマンション群の近くなので、いちばん乗り降りがあるバス停だ。今日もアキちゃんとそのママが乗り込んできた。 ジンベ って名前のハシブトガラスと友だちのアキちゃんは、ポンちゃんバスが大好きな女の子で、このバスが送迎する幼稚園に入ることに決めていた。
「えっ、じゃあこの車両は、幼稚園の送迎バスだったんですか―」
新人研修のときに神田君は徳さんから、なぜポンちゃんが循環バスになったのかを聞かされた。
「園長先生が病気になって、経営が苦しくなったんだな。その幼稚園は閉園したんだよ。私は廃止になったこの路線バスの運転士だったから、ポンちゃんとは顔なじみさ。よくすれ違ったもんだよ。前から見るとタヌキの顔に似てるだろ。園長先生が特別注文で造らせたバスでね、子どもたちにも大人気だったんだ」
「それでみんな“ポンちゃん”って呼ぶんですね」
「うん。この地区じゃ有名さ。でも、送迎用にしちゃ大きいだろ。維持費がかさむってことで、引き取る幼稚園がなくてね。危なくポンコツにされるところだったんだ。だから“ポンちゃん”さ」
「えっ、本当の名前の由来は、どっちなんですか」
「もちろん子どもたちさ。子どもたちが名付け親なんだよ、ポンちゃんの―」
幼稚園の送迎用としては大きかったけれど、コミュニティ・バスとしてなら、ポンちゃんは申し分なかった。それでも安全基準をクリアするまでに何カ所も手直しがされ、車両検査を済ませて、走行許可が下りるまで数カ月かかった。
「この路線が廃止されたとき、まさかポンちゃんと組んで、またこの地区を走れるなんて考えもしなかったよ。でも、うれしかったねえ―」
「そうだったんですか。ボクも頑張りますから、この地域のこと、いろいろ教えてくださいね」
そう言う神田君へ、この辺りにまつわる物語はいっぱいあるが、毎日運転していれば自然に分かってくるよと、徳さんは意味ありげに笑った。
行きたかった幼稚園が閉園し、すごくしょげていたアキちゃんだったけれど、ポンちゃんが本物のバスになって戻ってきたのを見たとき、夏休みになったら一日に一回、ポンちゃんバスに乗ることに決めたらしい。付き合うママは大変だけれど、でもアキちゃんが初めて自分で決めたことだから、ママは応援するつもりだ。夏休みの間だけね。


